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2001年7月 


2001.07.31
Tue
07:12

●2001年07月01日(日)
ブリジット・ジョーンズの日記/ヘレン・フィールディング
 
日記なので、敬遠していたけれど、これははまった!昔は、人の日記を見るなんて罪悪のように思っていたけれど、ネット上での日記の普及などもあって、楽しい日記、面白い日記というのを、書く側も読む側も求めるようになったせいか。ともあれ、世の中のニーズにはまったということだろう。

主人公のブリジットは、とてもかわいい。容姿はあまりよく思い描けないが、性格はすごくかわいいし、魅力的。私が男だったら、絶対に結婚したいと思うだろう。 それに、悩みがあったり、困ったことがあったりすると、すぐに駈けつけてくれる友達がいるというのが、なによりうらやましい。女同士の友情なんてはかないものと思っていたが、こんな友情が存在するなら、人生すごく楽しいだろうと思う。しかし、その友情が、時には恋愛の邪魔になったりするから困りものなのだ。

けれども、何があっても前向きなブリジットの生き方は、素晴らしい!嫌なこと、困ったことなどにいつまでもとらわれて、暗く、ひがみっぽくなっている人生なんてつまらない。ポジティブ・シンキングで生きていかなきゃ!ブリジット万歳だ!


●2001年07月02日(月)
世にも不幸なできごと① 最悪のはじまり /レモニー・スニケット

物語はボードレール姉弟妹の3人が海辺で遊んでいると、屋敷が大火事で、両親もろとも灰になってしまったことを告げられることから始まる。その時から、彼らの身の上は不幸極まりないものとなる。

悲しんでいる間もなく、3人はオラフ伯爵という欲張りで意地悪な親戚に預けられる。そこでさんざんこきつかわれ、寝る場所も食べる物も満足に与えられずに暮らすのだが、ある日、劇場を所有しているオラフ伯爵は、3人を劇に出してやろうという計画を立てる。 しかしこれには、ボードレール家の遺産を横取りしようというとんでもない裏があったのだ。命さえも危険にさらされたこの悪巧みに、3人はどのように立ち向かうのか。

両親をなくしたばかりの罪もない子ども達が、悪い大人にだまされて、不幸な目にあう気の毒な話なのだが、姉弟妹の性格描写や、スニケット独自のユーモアの世界が笑いを誘う。児童文学のジャンルに入ってはいるが、上等なユーモアに、大人も十分に楽しめる世界である。

<注意!>上の文章は原書の感想である。このとおり、あるいは少々割り引いても、絶対に面白いはずの話が、翻訳、装丁、挿絵・・・などなどのひどさで、ありきたりの話になってしまっている。せっかくのスニケットの文章や本のディテールなどへのこだわりが、全く理解されていない。断じて許せない出来事。まさに、シリーズの最悪のはじまりだ!



●2001年07月03日(火)
ナルダが教えてくれたこと(BOOK PLUS)/スチュアート・デイヴィッド

この本を読んで、私は思わず『ジャングル・ブック』を思い出した。つまり、子どもの頃に教えられたことはずっと残るということと、社会から隔離された状態にあった子どもは、社会に馴染めないということだ。

この物語の主人公(名前は分からないが、ルナールというあだ名で呼ばれるようになる)は、幼い頃にナルダというおばに預けられる。少年は学校にも行かず、ナルダが病気で病院に収容されるまで、彼女の手伝いをして、庭仕事だけをしてきた。

その間に、少年はナルダから様々な話を聞かされる。 少年の心に最もとりついて離れない事柄は、父親は宝石泥棒で、世にも高価なダイアモンドを盗み、追っ手に捕まる前に、少年にそれを飲ませて隠したという話だ。それ以来、少年はずっと人を避け、まわりの人が皆、自分のお腹の中にあるダイアモンドを狙っていると信じているのだった。やがて少年は大人になり、マリーという女性に恋をする。そうしたやり取りの中で、少年は心を開き、全てが良い方向に向かうかと思われるのだが…。

この主人公の少年は、もともと知恵遅れか何かなのか?あるいは、社会から切り離されて育ったために、一般的な知識がないだけなのか?こういった、ある意味特殊な少年の物語を訳す時に、しばしばダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』のチャーリーのような話し方に訳されてしまう。すると、前述のように、先天的なのか、後天的なのか、よくわからなくなる。この訳文が、普通に訳されていたら、もっと感動したに違いない。このところ、こういった例が多いのが残念だ。

すると、翻訳はよくない。原書で読まなければダメだということになりそうだが、それはそうでもない。たとえ翻訳がまずくても、原作がしっかりしていれば、さほど気にならないのではないだろうか。逆に原作がまずくても、翻訳の力で面白くなるという場合も、まれにあるとは思うが。 だが少なくとも、読者に偏ったイメージを与えてしまうような訳は、やはりあまり歓迎できない。

この本の場合、主人公が十分大人であるにも関わらず、子どものよう話し方(物語全体が主人公の語りであるから、余計に気になる)にしたのは、訳者の苦肉の策とは思うが、この主人公の場合、社会から全く隔離されていたわけではなく、仕事もしているわけだから、大人の話し方を知らないわけでもないだろう。そんなところが不自然なのである。 最初の話に戻ると、いかに子どもの頃の経験が大事かということを痛感する話である。よくよく注意して、子どもには接しなければならないということを考えさせられた。


●2001年07月04日(水)
 豚が飛んだら/ロビン・シスマン
 
プロポーズされるかと期待して出かけたレストランで、フレイアは恋人に別れを切り出されてしまう。愛も家もなくして、行き場のなくなったフレイアは、10年来の友達、ジャックのもとに向かった。かくして二人の同棲生活が始まる…。

ニューヨークを舞台に繰り広げられるラブ・ロマンス。35歳のキャリア・ウーマンのフレイアは、いつでも前向きだが、ちょっとばかりプライドが高い。もちろん結婚はとってもしたいのだが、誰でもいいというわけではない。一方、異母妹のタッシュは、お金持ちと結婚することが目的。そんなタッシュの結婚式に出席するため、イギリスの実家に帰らなければならなくなったフレイアは、ジャックに婚約者のふりをして、一緒に行ってもらうことになる。そこで起こる数々の事件。フレイアの心はずたずたになる。

以前、シスマンの『Perfect Stranger』を読んだが、それもやはりバリバリのキャリア・ウーマンが恋人を見つける話で、とても面白かった。しかし本作は、さらにパワーアップしている。最初からアップテンポで、話はどんどん進んでいき、クライマックスは途中で絶対やめられないほどの盛り上がりを見せる。そこがシスマンの最も得意な部分なのだが。シスマンの話は必ずハッピーエンドで、そういう話も時にはほっとするものだ。

それにしても、シスマンの描く女性は、皆強くて前向きで、魅力的である。自分もこうありたいと憧れてしまうような女性たちばかりだ。しかしこの話の中にある、「男女間の友情は成り立つか?」という問題に関しては、シスマンは否定的だと思う。この物語でも、表面上フレイアとジャックは友達としてつきあっていたが、最初からジャックはフレイアを好きだったのだ。この話の場合は、友情(と思っていたもの)が恋愛に変わって、めでたしとなるのだが、反対の結果もあり得るだろう。つまり、どちらか一方でも相手を異性として見た場合、真の友情は成り立たなくなる。だが、どこかにそんな友情があることを信じたい。


●2001年07月05日(木)
ハリー・ポッターとアズカバンの囚人/J.K.ローリング

ハリー・ポッターシリーズ第3巻。

人気のハリポタシリーズ、この3巻の日本語版は、予約だけで50万部売れたという。 評判に違わず、面白い。原書で読んだときも興奮したが、再度翻訳で読んでも、面白さは減少していない。 だいたいは原書で読めば、翻訳版は買わないのだが、このシリーズの場合は作者の造語などを、どんなふうに訳しているのかが非常に楽しみで、両方買わずにいられないのだ。

今回はミステリー仕立てと言ってもいいくらいの、わくわくどきどきの展開。厳重なアズカバンの刑務所を脱走した、例のあの人ヴォルデモートの一番の手下と言われるシリウス・ブラックと、命を狙われるハリーとの戦いだ。しかし、大きなどんでん返しが用意されている。シリウスと言えば、第1巻の最初で、ハリーを運ぶためにハグリッドに大事なオートバイを貸した魔法使いだ。そのシリウスがなぜアズカバンに囚われていたのか、どうして脱獄できたのか。そして、ハリーの両親を殺した本当の犯人は・・・?

あちこちで、1日で読みました!というコメントを目にする。それほどに息もつかせぬ展開で、しかも非常に込み入っている。タイムトラベルまで出てくるのだから、相当綿密な筋立てが必要だ。1巻でのシリウスのオートバイの件にしても、この3巻の話のために、なくてはならないものだったことを考えると、作者の緻密な計算に驚くほかない。

この巻では、ハリーがダーズリー一家に我慢できなくなって、家を飛び出す。とうとうハリーがやってくれた!という思いとともに、少しずつ大人になっていくハリーを感じる。もちろん友情の大切さとか、親子の愛情という、ほろりとさせられる部分もある。そして何よりも、シリウス・ブラックがかっこいいのだ!


●2001年07月06日(金)
壁のなかの時計─ルイスと魔法使い協会/ジョン・ベレアーズ

『The House With a Clock in Its Walls』の翻訳。ルイスと魔法使い協会シリーズ(1)

交通事故で両親を失ったルイス少年は、おじのジョナサンの家に引き取られる。おじさんの家には、たくさんの時計があった。やがておじさんが魔法使いだと知ったルイス。おじさんばかりでなく、隣のミセス・ツィマーマンも魔女だった。二人とも、何か重大な秘密を隠しているようなのだが…。

ルイスが学校に行くようになると、タービーという友達ができる。タービーはスポーツも万能な人気者だったが、太ったルイスは野球さえ満足にできないので、タービーに馬鹿にされてばかりいた。何とかタービーの興味を引こうとして、丘のてっぺんにある墓地で、魔法を使ってみせることを約束してしまう。見ては行けないと言われていたおじさんの本から、魔法の呪文を勉強したルイスは、自分でも知らないうちに霊廟の中の魔女を呼び出してしまう。彼女はアイザック・アイザードという邪悪な魔法使いの妻で、世界の終りを次げる時計を動かして、この世界を破滅に導こうとしていたのだ。そして、魔女とミセス・ツィマーマンとの戦いが…。

この本の挿絵は、エドワード・ゴーリーである。挿絵のイメージも加味されて、不気味で恐ろしい雰囲気となっている。得体の知れない車に追いかけられたり、死んだはずの人間が真夜中に訪ねて来たり…。特に派手な見せ場はないものの、じわーっと怖いのである。主人公のルイスは根っから弱虫で、よせばいいのに、いろいろな所に首を突っ込む。そうして怖い思いをして、すぐ泣いたり、失神したりするのだが、徐々にルイスがいとおしくなってくるのが不思議。ルイスはマナーのきちんとした、とても良い子で、全然さえなくてヒーローにはほど遠いのだが、すぐに泣いたりしてしまうところが、子どもらしくてかわいいじゃない!という感じだ。しかし、最後に魔女をやっつけるのは、ルイスなのだ。

ところで、主人公ルイスと書いたが、2巻、3巻を見ると、主役はむしろミセス・ツィマーマンのようだ。この後のミセス・ツィマーマンの活躍に期待したい。2巻にはルイスのガールフレンドも出て来るし…。 余談だが、この中に出てくる、灯りをともせる「栄光の手」、ハリー・ポッターの2巻にも出てこなかっただろうか?ローリングは、この物語もチェックしていたかもしれない。


●2001年07月07日(土)
「ちいさいロッタちゃん」&「ロッタちゃんのひっこし」/アストリッド=リンドグレーン


リンドグレーンは、『長くつしたのピッピ』の作者。このロッタちゃんのお話は、映画『ロッタちゃん、はじめてのおつかい』の原作。末っ子のロッタちゃんは、いたずらであまえんぼう。このロッタちゃんと家族の間の出来事を、子供の目から描いた楽しい本。子どもの心理が、大人の思惑を含まずに、生き生きと描かれているのが新鮮。

リンドグレーンは数々の物語を、自分の子どもたちに話して聞かせたとのこと。やはり児童書は、お父さんやお母さんの深い愛情の入ったものが、不朽の名作となるようだ。トールキンの『指輪物語』もしかり、ローリングのハリポタもしかり。本が売れるとか売れないとか以前に、子どもを楽しませたいという純粋な気持ちがあるからだろう。子どもは、そういった本当の愛情を、敏感に感じるのかもしれない。

しかし昔のものだから、訳が少し古めかしい。ロッタちゃんが自分のことを「あたい」と言ったり、「○○なのさ!」などという言葉遣いをしたりするのに違和感を感じる。おてんばな感じを出しているのだろうが、今の子ども達に、そのニュアンスが伝わるだろうか?そろそろ新訳を出してもいいのでは?

●2001年07月08日(日)
 ハヤ号セイ川をいく/フィリッパ=ピアス

セイ川の近くに住むデビッドは、大雨のあと、川でカヌーを見つける。どこから流れてきたのかと、カヌーに乗って川を行くと、持ち主であるアダムという少年に出会う。カヌーで遊ぶうちに、二人の間は固い友情で結ばれ、やがてアダムの祖先の宝を探す冒険へと発展する。古き良き児童文学といった趣に冒険・ミステリーの要素が加わった物語。

デビュー作であるのに、ピアスの語り口はすばらしい。よく考えられた筋立てで、子どもがわくわくするような冒険と秘密に満ちている。主人公の二人の少年の性格の対比もはっきりしているし、彼らの家族の情景も目に浮かんでくるようだ。それに、この二人の少年の素直でお行儀のよいこと!私は個人的にこういう少年たちの物語は好きである。

変に悪ぶった不良少年の話は、あまり好きではない。なので、『ハックルベリー・フィンの冒険』などのピカレスクものよりは、こういったwell manneredな子ども達の話のほうが、ずっと心穏やかに読める。

またこの時代、父親の存在の大きさというのは、絶対的なものがあったのだと改めて思った。例え、死んでいようが生きていようが、である。そういった家族の描写を読むのも、心が安らぐような気がする。かなり分厚い本で、途中中断もしていたのだが、半分以降は一気に読んだ。


●2001年07月09日(月)
 その他児童書 姪用に用意した本。どれもかわいくて面白い。

『長くつ下のピッピ』/アストリッド・リンドグレーン

内容(「MARC」データベースより)

世界一強い女の子ピッピのとびきりゆかいな物語。となりの家に住むトミーとアンニカは、ごたごた荘でサルと一緒に自由気ままに暮らしているピッピがうらやましくてなりません。90年刊の新版。





『リサひこうきにのる』/アン・グットマン

Amazon.co.jp

リサが1人でパリからニューヨークへ向かいます。初めての飛行機での1人旅では、いろんなできことがおこりました。リサの席は「ブルーレディ」(青い洋服を着ているから)のとなり。でも、リサがゴソゴソしすぎたのか、どこか別の席へ行っちゃった。広々としたシートでおひるねでもしようかと思ったら、なんとトレーにのった機内食がでてきました。それだけではワクワク度が足りないのか、今度は映画(「カウボーイズ・フォーエバー」)が始まります。スクリーンが見えなくて前の座席にもたれたら(リサは小さな犬だから)、おっと、オレンジジュースの入ったコップを倒してしまいました。でも、大丈夫。「ひこうきレディ」がトイレの洗面台でリサを洗ってくれたのです。おまけに、飛行機の操縦室にも連れて行ってくれました。(パイロットさんたちはリサに、石鹸のいい匂いがするね、と言ってくれました。)座席に戻ったころには、リサは「すっかりきれいになって」アメリカに到着です。ストーリーはとっても単純。 本書の魅力は、アン・グットマンの愉快で愛情のこもったストーリーと、あちこちに飛び散ったオレンジ・ジュースのしずくやとてもキュートな洗面台など、ゲオルグ・ハレンスレーベンの細部にまで神経の行き届いたすばらしいイラストにある。飛行機に乗る前の子どもたちにはもちろん、だれが読んでも楽しめる絵本。実にゆかいな「リサとガスパール」シリーズ。


『そらまめくんとめだかのこ』/なかやみわ

出版社/著者からの内容紹介

雨降り続きの毎日。やっと雨があがって、そらまめくんたちが、いつもの広場まで行ってみると、そこは大きな水たまりになっていました。グリーンピース兄弟は、ベッドを船にして遊ぶことを思いつきます。みんなで楽しく遊んでいるのですが、そらまめくんは、ベッドをぬらしたくないので、わがままを言ってピーナッツくんのベッドにむりやり乗り込みます。するとバランスをくずしてどぼーん! 水たまりにおっこちてしまいました。  でも水の中はお花でいっぱい。みんなでもぐって遊び始めると、迷子のめだかのこに会いました。なんとかして、めだかのこをもとの小川まで帰してあげようと、そらまめくんたちは、知恵を絞ります。そして、ベッドの中に水を入れて小川まで運んであげることを思いつきます。 だれのベッドで運んだと思います?それは、誰よりも大きくて、水もたくさん入るそらまめくんのベッドでした。わがままを言っていたそらまめくんも、めだかのこのために一肌脱いだというわけです。やるね!そらまめくん! 待望の『そらまめくんのベッド』の続編、単行本化!


●2001年07月10日(火)
The House With a Clock in Its Walls/John Bellairs

ルイスと魔法使い協会シリーズ(1)

交通事故で両親を失ったルイス少年は、おじのジョナサンの家に引き取られる。おじさんの家には、たくさんの時計があった。やがておじさんが魔法使いだと知ったルイス。おじさんばかりでなく、隣のミセス・ツィマーマンも魔女だった。二人とも、何か重大な秘密を隠しているようなのだが…。

ルイスが学校に行くようになると、タービーという友達ができる。タービーはスポーツも万能な人気者だったが、太ったルイスは野球さえ満足にできないので、タービーに馬鹿にされてばかりいた。何とかタービーの興味を引こうとして、丘のてっぺんにある墓地で、魔法を使ってみせることを約束してしまう。見ては行けないと言われていたおじさんの本から、魔法の呪文を勉強したルイスは、自分でも知らないうちに霊廟の中の魔女を呼び出してしまう。彼女はアイザック・アイザードという邪悪な魔法使いの妻で、世界の終りを次げる時計を動かして、この世界を破滅に導こうとしていたのだ。そして、魔女とミセス・ツィマーマンとの戦いが…。

この本の挿絵は、エドワード・ゴーリーである。挿絵のイメージも加味されて、不気味で恐ろしい雰囲気となっている。得体の知れない車に追いかけられたり、死んだはずの人間が真夜中に訪ねて来たり…。 特に派手な見せ場はないものの、じわーっと怖いのである。主人公のルイスは根っから弱虫で、よせばいいのに、いろいろな所に首を突っ込む。そうして怖い思いをして、すぐ泣いたり、失神したりするのだが、徐々にルイスがいとおしくなってくるのが不思議。ルイスはマナーのきちんとした、とても良い子で、全然さえなくてヒーローにはほど遠いのだが、すぐに泣いたりしてしまうところが、子どもらしくてかわいいじゃない!という感じだ。

しかし、最後に魔女をやっつけるのは、ルイスなのだ。 ところで、主人公ルイスと書いたが、2巻、3巻を見ると、主役はむしろミセス・ツィマーマンのようだ。この後のミセス・ツィマーマンの活躍に期待したい。2巻にはルイスのガールフレンドも出て来るし…。 余談だが、この中に出てくる、灯りをともせる「栄光の手」、ハリー・ポッターの2巻にも出てこなかっただろうか?ローリングは、この物語もチェックしていたかもしれない。


●2001年07月11日(水)
The Vile Village/Lemony Snicket

(A Series of Unfortunate Events Book7)
「不幸シリーズ」7巻目。バスに揺られて、カラスが群れ飛ぶ、老人ばかりの奇妙な村にやってきたボードレールきょうだいは、おかしな規則に守られたその村で、「なんでも屋」のヘクターに引き取られて暮らすことになった。そのヘクターの家の前で、オラフ伯爵に誘拐されたイサドラの詩を発見する。

何はともあれ、友達を救おうとするきょうだいの前に、またしてもオラフ伯爵が立ちはだかる。 今回の最大の謎は、凶悪犯オラフに間違えられて、殺されたジャックス・スニケットとは何者か?ということだ。きょうだいの両親の死の真相をも知っているかのようなスニケットであったのだが…。

ヘクターに助けられて、無事その村から脱出できるかと思われたが、謎に満ちたまま、またしてもダンカンとイサドラと別れなければならない3人。村に残された3人は、これからどうなるのだろう? はなから8巻目に続く予感をふくみながら、3人のきょうだいの不幸話が続く。それでも親友を思いやる彼らの気持ちが涙を誘う…。しかし、いつにも増して素っ頓狂なオラフ伯爵の扮装がおかしい。 この巻で、クラウスは13歳になり、サニーがひとりで立てるようになる。この先も、まだまだ不幸な目に会いながら、彼らは成長していくのだろう。合掌!
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