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158ポンドの結婚 


2013.06.15
Sat
04:57

■原書

The 158-Pound Marriage (Black Swan S.)/John Irving (著)
ペーパーバック: 234 p ; サイズ(cm):
出版社: Black Swan ; ISBN: 0552992089 ; (1986/12/31)

The 158-Pound Marriage (Ballantine Reader's Circle)/John Irving (著)
ペーパーバック: 176 p ; サイズ(cm):
出版社: Ballantine Books ; ISBN: 0345417968 ; Reprint 版 (1997/06)

The 158-Pound Marriage/John Irving (著)
マスマーケット: 256 p ; サイズ(cm):
出版社: Ballantine Books ; ISBN: 034536743X ; Reprint 版 (1994/09/01)

ABOUT THIS BOOK

"Irving looks cunningly beyond the eye-catching gyrations of the mating dance to the morning-after implications."
--The Washington Post

The darker vision and sexual ambiguities of this erotic, ironic tale about a ménage a quatre in a New England university town foreshadow those of The World According to Garp; but this very trim and precise novel is a marked departure from the author's generally robust, boisterous style. Though Mr. Irving's cool eye spares none of his foursome, he writes with genuine compassion for the sexual tests and illusions they perpetrate on each other; but the sexual intrigue between them demonstrates how even the kind can be ungenerous, and even the well-intentioned, destructive.

"One of the most remarkable things about John Irving's first three novels, viewed from the vantage of The World According to Garp, is that they can be read as one extended fictional enterprise. . . . The 158-Pound Marriage is as lean and concentrated as a mine shaft."
--Terrence Des Pres



■翻訳書

158ポンドの結婚/ジョン・アーヴィング (著), 斎藤 数衛 (翻訳)
単行本: 327 p ; サイズ(cm): 182 x 128
出版社: サンリオ ; ISBN: 4387861525 ; (1986/12)
内容(「BOOK」データベースより)
二組の若い夫婦の出会い、交換、別離…。鮮烈な青春像を通して、大人であることの痛みを描き、『ガープの世界』を導いた、ほろにがきコメディー。


[MY OWN REVIEW]
The 158-Pound Marriage (1974)

これを読みながら、元レスラーのセイヴァリンに、ガープやオウェンといったアーヴィング作品の主人公たちが重なってきて、このあたりがアーヴィングの原点なのかなと思ったりした。一方、語り手である「僕」は、ガープやオウェンといった特殊な人物の傍らにいて、それを見守り、読者に語っている人物、例えば 『オウエンのために祈りを』 のジョンといった感じに受け取れた。

アーヴィングも、元レスラー(プロレスじゃないよ!)なので、スポーツとしてのレスリングに関する記述はプロなみだが、レスリングってなんとなくエロチックだと思っていたら、やっぱりそういうところを捉えていたんだなと。

アーヴィング独特の「奇怪な世界」というのが、あまり見えていないような気もしたのだが、そもそもスワッピングという四角関係の題材自体が、「奇怪な世界」とも言えるだろう。そして「僕」の妻であるウチの数奇な育ちというのも、「奇怪な世界」の一種だろうと思う。

あとがきを柴田元幸氏が書いているのだが、その中で気になった部分を書いておく。

●人はたいてい、「日常」とは、それこそ日常的な出来事が無限にくり返される安定した退屈な世界であると考える。「日常」は波乱にみちた「物語」とは無縁であり、そのような「物語」などは虚構にすぎないというわけだ。だがアーヴィングからしてみれば、何も起こらない日常という考えこそが絵空事であり虚構なのだ。アーヴィングはしばしば、誰もが物語の解体をとなえる現代にあってかたくなに物語の復権をめざす作家であるといわれる。たぶんその通りだが、彼は「日常」から逸脱したところに「物語」を見出しているのではない。「日常」そのものが偶然と危険にみちた「物語」なのだ。

●「僕」の父親は、本を終りまで読み通すことができない人間である。「どんな本でも終りにくるとたまらなく悲しくなってな」というのである。「僕」の父親はけして肯定的に書かれた人物ではない。けれどこの一言だけは、たぶん、作者自身の思いを伝えている。

本の終りが悲しいのは、それが人生の終りに重ね合されているからだ(事実、「僕」の父親が死んだとき「僕」は「親父がやっと何かをし終えた」という)。アーヴィングの小説の結末もまた、どんな肯定的な終り方であれ、つねにどこか哀しさを帯びている。それは、逸脱しつづける「日常」の延長線上に確実に控えている死の影が、物語を浸しているからだ。

(2005年3月15日)
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category: ジョン・アーヴィング

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